社会福祉法人 永生会 明治清流苑
施設長 児玉 末美さん
風車の羽根のような十字型の建物は、全体に風通しをよくして、4つに区分したどのユニットにも日が射すよう配慮したユニークな設計で、一カ所から各ユニットに目を届かせやすいという利点もあります。設計段階での想定以上に明るく風通しがよく、エアコンに頼らずに夏は涼しく、冬は暖かさが持続する空間が実現しました。さらに時間がたつにつれ、入居されている方とスタッフの内面に、数値に表せないうれしい変化が見えてきたのです。
ある認知症の方。別棟の施設でお世話をさせていただいてきましたが、断続的にあげる奇声が止まず、ご家族も担当の職員もかなり疲労困憊していました。別棟はRCの建物です。こちらでユニットケアをはじめるに際して、その認知症の方に居室を移っていただいたのです。住空間は変わりましたが担当のスタッフも対応も変わりません。ところが少しして予想外の展開になりました。...奇声がほとんど止まったのです。それまでどんな対応をしても変わらなかったのに、これには驚きました。明らかに精神的に落ち着かれたということですね。職員もノイローゼ寸前のところで救われました。私が推測するに、きっと木造の音の響き方のちがいによる効果ではないでしょうか。木造は音がキンキンと響くことがなく、ふだんから何となくリラックスした雰囲気が漂います。人がたてる音だけでなく、雨の音、風の音、鳥や虫の声、ここではみんな穏やかに伝わってきます。
ただ、ツーバイフォーは横方向の音や振動は完全にシャットアウトしますが、上の階の振動は若干ですが聞こえてきます。それが気になる方がいないか、私も当初は心配で皆さんに聞いて回りました。すると“音は聞こえることもあるけど、家にいたら自然に聞こえてくる音だから気にならないよ”と好意的な意見ばかり。安心しました。音のちがいは職員たちの動きにさらに変化をもたらしました。鉄筋の建物ではみんなナースシューズを履き、パタパタと慌ただしく動き回ってきました。シューズを履いているのは、カタい床からの衝撃を柔らげるのと、たとえばベッドのキャスターのストッパーの上げ下げとか足を保護する必要がある動作のためです。仕事がデキる人ほど慌ただしい動きをしているものです。ところが木造のこの施設では、床が柔らかく音も静かなせいで、職員みんなの動作がおだやかに、細やかになるという現象を生んでいます。せわしくなくなった結果、足の動作もゆっくり確実となり、家庭用のスリッパで十分仕事ができるようになりました。夏などはスリッパも脱いでハダシになっているスタッフもいるくらいです(笑)。利用者の方々からは“職員さんがキツい顔をして急いで通り過ぎることがなくなって話しかけやすくなったよ”との反応が。職員の動きと内面的な変化を、利用者はちゃんと感じ取っているのですね。
ユニットケアのいいところは“生活感”があることです。足下ひとつ変えたことで利用者に施設にいる思いを軽減できたのです。ならばもっと自宅のように思ってもらおうと、職員によるマナー委員会で話し合い、『ケアワーカーも看護師も私服のまま仕事してOK』と規則を変えてみました。この試みも思った以上に効果を上げています。“あんたの今日の服の色、いいねェ”...服装の話題がコミュニケーションをとるキッカケになっているのです。若いケアワーカーと歳の離れた高齢者とではなかなか共通の話題がないものですが、服の色やかたち、食べ物の話ならお互いに自然とできますから。
木造による物理的な環境の変化は、精神面・心理面にも連鎖して、入居者と職員の両方に数々のプラスの効果をもたらしているのです。実はこの数年、辞めていくスタッフがいなくなりました。これも木造が人におよぼす何かいい力がある実証かもしれませんね。